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今フィリピンで絶大な人気を誇る日本人といえば、フィリピン発日本人YouTuberの三海郁弥さん

 

マニラやセブ、ダバオなどフィリピン全土で、彼の名前は知られており、日本人というと「Fumiya!」という言葉がフィリピン人からも返ってくることもしばしば。

 

2019年7月現在、YouTubeチャンネル「Fumishun Base」はチャンネル登録者数160万人インスタグラムフォロワー57万人を突破し、フィリピンの国民的人気テレビ番組やコメディドラマにも出演し、人気を集めています。

 

今フィリピンで絶大な人気を誇る一方で、日本人の中では、三海郁弥さんってどういう人なのだろう?と思う方もまだいると思います。

 

僕自身、約2年前に初めて三海郁弥さんに会い、交流を続ける中で、帝国ホテルのホテルマンだった過去やホテルを辞めてYouTubeを始めたきっかけフィリピンでチャレンジしようと思った考えなど、様々な彼の隠れた想いやそこに至るまでの努力を友達の1人として見聞きしてきました。

 

これから間違いなく、日本でも人気となる三海郁弥さんについて、まだ世には知られていない過去の経験や想いをインタビューを通してお伝えさせていただきます。

 

【三海郁弥(さんかい・ふみや)】1995年生まれ。現在24歳。専門学校を卒業後、帝国ホテルのホテルマンとして就職。2017年5月からYouTubeチャンネル「FumishunBASE」をフィリピン人向けに本格的に始め、現在登録者数は160万人を突破。総フォロワー数(YouTube・Instagram・Twitter)は200万人を超え、フィリピンの国民的人気テレビ番組「PBB(Pinoy Big Brother)」にも出演。

 

インタビューの口調等は、先入観が入らないように敬語とさせていただいています。

 

3ヶ月外部との交流できず。

 

たくせき
フィリピンに居ると、郁弥さんの名前を色々な場面で耳にすることが多く、本当にすごい人気だなあと勝手ながら感じています(笑)本人の実感としてはどうでしょうか?
郁弥君
自分でも実感がなく、とても驚いています…笑

「PBB(※)」の出演をきっかけに色々なフィリピン人の方に存在を知ってもらえたのですが、出演中の約3か月の間、外との交流が全くできなかったので、外の世界に出てきたときは状況が掴めませんでした。。

 

 

※「PBB(ピービービー)」とは、フィリピンの国民的人気テレビ番組「Pinoy Big Brother」の略。複数の男女が1つの家(通称、PBBハウス)で生活を共にし、様々な課題を通して、人間模様を描くリアリティ番組。シーズンによってルールが異なるのが特徴で、三海郁弥さんが出演した今シーズンでは、1〜4グループ(Batch1〜4)が存在し、1グループ8人で約8週間(郁弥さんが出演した2グループ目のみ3か月に延長)の生活を通してBig4を選出します。郁弥さんは2グループ目(Batch2)のBig4の1人。現在4番目のグループの放送が終わり、各グループのBig4が集結し、16人で今シーズンのBigWinnerと呼ばれる1人を選出する生活が7月7日から始まります。
YouTubeで閲覧可能:Pinoy Big Brother

 

 

たくせき
PBBから出てきて約3ヶ月が経ちますが、徐々に周りの反応には慣れてきましたか?

郁弥君
Batch2のBig4として、ショッピングモールでのコンサートやテレビ出演などさせてもらい、とても多くの方から応援をいただく中で、少しずつ周りの状況が理解できるようになりました。

 

なかなかできない貴重な体験をさせてもらっていて、チャレンジの毎日です。


たくせき
今やYouTubeの枠を超えて、数々の有名なテレビ番組への出演やショッピングモールでのコンサートなど幅広い分野で活躍している郁弥さんですが、今回は前後半に分けて、色々とお話をお聞きできればと思います。

 

前半では、フィリピンのテレビ番組「PBB」に出る前までの話をお聞きできればと思います。

郁弥君
ありがとうございます!よろしくお願いします。

 

父の会社が倒産。人脈の大切さを知り、日本一のホテルに就職。

 

たくせき
郁弥さんといえば、YouTubeや芸能活動のイメージが強いですが、元々は新卒でホテルに就職して、ホテルマンとして働いていたのですよね?
郁弥君
はい。高校を卒業後ホテルの専門学校に2年間通い、卒業と同時に帝国ホテルに就職しました。

たくせき
確かに、会って話すと節々に接客業を営んだ礼儀正しさが見える…。

 

今の活動とはすぐにはリンクしない人が多いと思うのですが、なぜホテルマンを目指そうと思ったのですか?

郁弥君
そうですよね(笑)みなさん、なかなかリンクしないと思います。

 

祖父母や親戚などに、会社を経営する人が周りに多くいた環境で育ったこともあり、小さいときから、「社長になりたい!」というのが僕の夢でした。そして、父もスーパーマーケットを経営していて、その背中を見て育ちました。

 

中学、高校と「社長になりたい」と漠然と思っていたところ、僕が高校2年生のときに、父が経営していたスーパーが倒産するという経験をしました。

たくせき
高校生でなかなかハードな経験を…。

 

 

郁弥君
とても衝撃的な出来事でした。。

 

当時、大変な状況にあったため、社長である父を心配して「大丈夫なの?」と聞いたところ、父は「今までの繋がりがあるから全然大丈夫だよ。何とでもなるよ。」と言い、そして、実際に逆境を乗り越えていきました。

 

子供ながらに、人との繋がりや人脈の大切さを身をもって知る経験になり、今でも強く影響を受けています。

 

 

たくせき
その経験から、ホテルマンを目指すように?

郁弥君
はい。人との繋がりや人脈の大切さを知り、どうやったら人脈ができるか考えたところ、接客業ならそれを実現できるのではないかと思いました。

 

そして、接客業の中でも、より良い人脈が築けるのはホテルだと考えて、高校を卒業後上京して2年間ホテルの専門学校に通いました。

たくせき
帝国ホテルを目指した理由はなぜだったのでしょう?

郁弥君
目指すなら日本でトップのホテルがいいと思い、ホテルの中でも格式高い帝国ホテルしかないと思って、帝国ホテルの採用試験を受けました。

たくせき
帝国ホテル以外は受けなかったのですか?

郁弥君
はい。どうしても帝国ホテルに入りたくて、他は受けませんでした

たくせき
すごい…!その度胸を見習いたい…。

郁弥君
帝国ホテルではたくさんのお客さんと話す機会に恵まれ、とても充実した2年間を過ごすことができました。

 

「自分のファッションブランドを作りたい。」夢を追って海外へチャレンジ。

 

たくせき
自分の目標の1つも叶い、充実した仕事ができていた一方で、なぜホテルを辞めようと思ったのですか?

郁弥君
ホテルでの仕事の傍、子供のときから思っていた「社長になりたい」という思いがあり、色々な方と話す中で何か自分が社長になれるビジネスはないかと常に考えていました。

たくせき
色々な人と接することが多い職業だから、その分ビジネスのヒントに出会えることも多そうですよね。

郁弥君
そうなんです!

 

ホテルで出会うお客さんを通して、「SuperDry(極度乾燥しなさい)」という日本語の文字を利用したファッションブランドが外国人からすごく人気があることに気づきました。

たくせき
ちょっと不思議な日本語がプリントされてるブランドですよね。

郁弥君
色々と調べてみると、「SuperDry(極度乾燥しなさい)」はイギリスのブランドで、日本語が使われているけど、日本人が関わっていないということを知りました。

 

それを知ったときに、自分がせっかく日本人に生まれたのだから、日本人が作る日本語のブランドを作りたい!と思い、自分のファッションブランドを立ち上げたいと考えるようになりました。

たくせき
それで、ホテルを退職する決心を?

郁弥君
はい。一生に一度の人生だし、後悔したくないと思って退職する道を選びました。

 

まずは自分が広告塔に。フィリピンとYouTubeとの出会い。

 

たくせき
行動力がすごい…!

 

ホテルを辞めた後はどうしたのですか?

郁弥君

海外で通用するファッションブランドにしたいと思っていたので、まずは自分が英語を話せるようにと語学留学をすることにしました。
たくせき
そこがフィリピンだったと?

郁弥君
はい。当初アメリカやカナダといった選択肢もあったのですが、まだこれからどんどん成長していく国に行った方が今の日本にはないものを学べるんじゃないかと思って、フィリピンを選びました。それが2017年の5月でした。

たくせき
その選択が郁弥さんのその後の人生に大きく関わってくると考えると、すごいですね!
郁弥君
フィリピンでは、ただ英語を学ぶだけではなく、何か自分のファッションブランドを立ち上げるにあたって、プラスになるチャンスがないかと模索してました。
たくせき
それがYouTubeに繋がっていくのですね?
郁弥君
はい。フィリピン人の方に向けて発信したら予想以上の反響があってびっくりしました。

 

実はフィリピンに行く1年半前から日本人向けにYouTubeをやっていたのですが、当時の登録者は100人でした…笑

 

フィリピンに来て2ヶ月くらいで2000人を超えて、「すごい!」となってYouTubeをもっと頑張ろうと思いました(笑)

たくせき
ファッションブランドの立ち上げにおいて、自分を広告塔にしたいという思いもあったと以前お聞きしました。

郁弥君
そうなんです。

 

自分自身にある程度知名度があったら、ファッションブランドを立ち上げるときに、自分自身が広告塔になれますし、メディア(YouTube)を持っていたら、広告する手段も獲得でき、夢に近づけると思っていました。

 

毎日同じパーカー、毎日パスタ生活。1人動画と向き合う日々。

 

たくせき
ちょうど僕達が知り合ったのが2017年の11月頃でYouTubeの登録者が5000人くらいのときでしたよね。

 

かなりストイックにチャレンジしてたのを今でも覚えています。

郁弥君
毎日更新をすると決めて、ひたすら動画を作る日々を繰り返していました。

 

あの頃は、着るものや食べるものにお金を使うよりも、もっとより多くの人に知ってもらいたい(それが自分の夢に近づく)と思って、毎日同じパーカーを着て、塩味のパスタばかり食べてました。。

たくせき
会うたびに痩せていくから「大丈夫?」って聞くと、決まって「今追い込んでます!」って言葉が返ってきて、そのストイックさが本当にすごいなと。

 

そのモチベーションはどこから…?

郁弥君
単純に夢を叶えたいって思いが強かったのですが、その過程で起きた悔しい出来事などもモチベーションの1つになっていました。

たくせき
よくお互い電話で愚痴ったりしましたよね(笑)

郁弥君
はい(笑)

 

側から見たら、自分のブランドを立ち上げたいと言ってホテルを辞めたのに、フィリピンでYouTubeをやっていることがなかなか理解してもらいにくく、それに対して身近な人からネガテイブなコメントをもらうこともありました。

たくせき
「YouTuber」という言葉もまだそれほど浸透してなくて、日本での「YouTuber」の扱いも結構なものでしたよね….?

郁弥君
チャンネル登録者が増えていくにしたがって、日本でフィリピン関連のイベントでゲストとして呼んでいただけるようになったのですが、スタッフの方に来場者と間違われて止められたり、ステージ準備を自分でするよう言われて、見に来てくださるファンの方の前で、自ら机や椅子を運んだりする姿を見せるのが恥ずかしく、また悔しい思いをしました。

たくせき
人とは違う道を選択した分、普通では経験しない悔しい思いもたくさんしてきてますよね。

郁弥君
今もそうですが、ポジティブなものもネガティブなものも、気づけば全てがチャレンジする理由になっていると思ってます。

 

「フィリピンに恩返しがしたい」動画を通して両国を繋ぐ活動ができたら。

 

たくせき
その後、YouTubeのチャンネル登録者数も伸びて、2018年は色々なことにチャンレンジしてましたよね?

郁弥君
はい。2018年にマニラとセブで行ったオフ会イベント(ファンミーティング)では150人以上のファンが直接会いに来てくださり、4月に登録者数が10万人を、年末には25万人を突破していました。

 

フィリピンのストリートファッションブランド「Don’t Blame the Kids」とコラボしてモデルを務めさせてもらい、自分のファッションブランド「SANGKAI」も立ち上げ、活動を開始しました。

たくせき
YouTubeでの伸びもそうですが、着実に自分の目標であるファッションブランドの活動を進めていてすごいです。

 

2018年10月には、ご自身初の1stシングルもリリースされてましたよね?

郁弥君
はい。

 

音楽関係の色々な方のご協力をいただき、日本語とタガログ語を混ぜて歌った「Sige! Sige! Bahala na!」をリリースし、興味のあった音楽活動も本格的に始めました。

 

 

たくせき
以前からやりたいと聞いていたこと全てをどんどんと実現させていってますよね。。

 

周りの人が惜しみなく協力する姿を見て、郁弥さんの人柄や巻き込み力のすごさを感じます。

郁弥君
自分1人では出来ないことばかりで、本当に協力してくださる皆さんに感謝しています。

たくせき
活動範囲も広がってきた中で、フィリピンに対する思いにも変化があったと聞いています。

郁弥君
そうなんです。

 

フィリピンへの語学留学をきっかけにYouTubeを始めたのですが、フィリピン人の方が「最高ー!」「面白い!」などとてもポジティブな反応をしてくれ、たくさん後押ししていただきました。

 

フィリピン人のポジティブで明るい人柄が大好きですし、今の活動が行えているのも皆さんのおかげだととても感謝しています。

たくせき
日本のYouTube界隈では、コメント欄もネガティブな反応が多く見受けられるけど、フィリピンだと皆さんポジティブに応援してくれるのは本当に良いですよね。
郁弥君
こうやって皆さんのおかげでYouTubeを続けることができ、自分のブランドの立ち上げに大きく近づけたので、僕もフィリピンに何らかの形で恩返しができないかと思っています。

 

日本の良さをフィリピンの人にももっと知って欲しいですし、フィリピンの良さももっと多くの日本人に伝えたいと思っています。

 

動画を通して、日本とフィリピンを繋ぐことができたら嬉しいと思っています。

 

 

 

 

 

 

僕が郁弥君に初めて会ったのが約2年前。

 

そこから、YouTubeでの活躍は元より、モデル、ファッションブランド立ち上げ、音楽活動などどんどん活動の領域を広げていきました。

 

そして、彼がフィリピンで今最も愛される日本人になっている大きな理由の1つが、2019年1月にフィリピンの国民的人気番組「PBB」へ出演したことです。

 

後編では「PBB」に出演後の心境の変化や今後の活動について、お届けしたいと思っています。

 

ぜひお楽しみに!

 

<< 後編:7月6日(土)公開予定>>

 

三海郁弥さんのYouTube&SNSをチェックしよう!

 

YouTube:FumiShun Base

Instagram:@23shun_base

Twitter:@fumfumfum3

 

 

 

 

 

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フィリピン在住クリエイター/ブロガー

たくせき(TAKUSEKI)