どもども!

TAKUSEKI@tac_uitl)です。

 

 

最近またマニラでパソコンとにらめっこの時間が多くなり、

 

 

気づくと、色々な事を内省していたりします。

 

 

 

今日カフェでふと外を見ながら思い出したのが、

 

 

初めての人に会うと必ず聞かれる(もしくは自分も聞く)

 

 

「なんでフィリピンにいるのか?」という問い。

 

 

 

フィリピンに来た事自体は本当に縁なんだけど、

 

 

今日考えたのは、さらにその前のこと。

 

 

 

自分の看板を背負って仕事をして、

 

 

しかも海外に住もう!と思った

 

 

分岐点のようなものはどこだったんだろう?

 

 

って、ちょっと考えていました。

 

 

 

結びつければもっと前からなんだけど、

 

 

仕事やライフスタイルの選択肢の考え方が

 

 

自分の中で大きく変わったのは、

 

 

やっぱりここじゃないかなーと。

 

 

 

 

 

学生時代は、ちょっと抜けてた(アホという意味で)と思うけど、

 

 

真面目で勉強もすごく好きで…!

 

 

(自分で言うのも何ですが…笑)

 

 

 

生みの父親の事もあって、

 

 

結構早い段階から福祉系の仕事に就きたいと思ってて

 

 

今思うとちょっとした使命感のようなものがあったんだと思います。

 

 

 

最初は「社会福祉士」として施設等の現場で働きたいと思い、

 

 

学校の職場見学で現場でできる事の限界を知り、

 

 

もっと大元の法律や制度から関われる公務員になろうと考えていました。

 

 

 

当時は厚生労働省に行きたいと思ってて、

 

 

国家公務員Ⅰ種を目指してた時期もあったんですが、

 

 

試験に落ちたのと、地方分権の流れもあったので、

 

 

地元の県で色々な事ができそうな大きめの市に入庁することにしました。

 

 

 

希望も通って障害福祉関連の部署に配属されて、そこで丸3年働きました。

 

 

 

社会に出たてということもあり、

 

 

この間にたくさんの初めての事を経験して、

 

 

その中でも、後の色々な事に影響を与えるきっかけになったのは、

 

 

「どんな仕事も色んな人の役に立ってるじゃん!」

 

 

って単純に思ったことでした。

 

 

 

今思うと、すごく当たり前のような気もするんだけど、

 

 

当時の頭でっかちだった自分からすると、

 

 

「生まれたときから障がいに身近だった自分は、障害福祉関連の仕事をするんだ」

 

 

っていう”縛り”を自分に設けてたんじゃないかなと

 

 

そのときハッとしたのと同時に、

 

 

自分の世界が一気に拓けた感覚になったのを覚えています。

 

 

 

そこからは逆に何でもアリになって、

 

 

何をしようか迷う時期が訪れるのですが(笑)

 

 

 

1番自由そうなIT業界に入って、

 

 

その後フリーランスになって、

 

 

海外に移住してみてって。

 

 

 

20代前半での価値観の大きな変化があって

 

 

今フィリピンで情報発信している自分がいると思うと、

 

 

なんだか不思議だし、

 

 

本当に人生ってわからんもんだなと思えてきます笑

 

 

 

価値観の変化も、

 

 

何か具体的な出来事があったというよりは、

 

 

日々の仕事の連続の中で、ふと思った事が

 

 

その後に大きな影響を与えた認識です。

 

 

 

30歳を超えた今でも

 

 

新しい事やったり、

 

 

新しい人と出会ったりして、

 

 

その度に世界が広がる感覚を味わいます。

 

 

 

 

歳はとれど、いくつになっても

 

 

この感覚は忘れずにいたいなと

 

 

真夏のフィリピンで思うのでした。

 

 

 

( ゚д゚)ノシ サラバジャー

#ボクの野心

 

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フィリピン在住クリエイター/ブロガー

たくせき(TAKUSEKI)